「え、中古ギターの方が高いの?」
楽器店の価格タグを二度見したことがある人は、きっと一人や二人じゃない。
新品18万円。
そのすぐ横に置かれている、使用感たっぷりの中古が22万円。
「なんで?」
そう首をかしげたくなるのも当然だ。
中古の方が安い。そんな常識は、どうやら過去のものになりつつあるらしい。
ギターをこれから始めようとしている人にとっては、困惑するしかない状況だ。
そして、長年ギターを弾いてきた人にとっても、改めて「楽器の価値って何だろう?」と考えさせられる現象が、静かに、でも確実に広がっている。
Fenderの例に見る“価格逆転”のリアル
わかりやすい例として、Fenderのアメリカンスタンダードを挙げてみよう。
このモデルは2010年代前半、国内では新品で12万円台〜13万円台で購入できた。
当時は「アメリカ製フェンダーがこの値段!?」と、プロ・アマ問わず話題を集めた定番機種だった。
ところが、いまその同じアメリカンスタンダードが、中古で20万円近くの価格で取引されている。
年式によってはそれ以上、状態が良いものであれば25万円以上で売買されている例もある。
さらに後継機種の「American Professional」や「American Original」なども、発売当初より定価が上昇しており、
中古市場では新品よりも高い値段がついている個体も珍しくない。
10年で約10万円アップ──
それはもはや“ヴィンテージ”と呼ばれるほどの年式ではない、普通の「ちょっと前の」ギターに起きている現実なのだ。
なぜ中古が高くなるのか?4つの背景
この価格逆転には、複数の現実的な要因が絡んでいる。ひとつずつ、紐解いていこう。
1. 円安の進行
まずは、為替の影響だ。
アメリカ製ギターはドル建てで輸入されるため、円安が進めばその分、仕入れ価格が上がる。
かつて1ドル80円台だった頃から比べれば、現在の150円前後という為替はまさに倍近いインパクトがある。
その分、新品の価格は上昇する。
一方で、中古は過去の価格を基準に売られていた時期があり、「割安感」が出る場面があった。
だがその状況も今や変わり、相場全体が引き上げられている。
2. コロナ禍による供給の混乱
2020年以降、世界中のギターメーカーが一時的に生産をストップした。
部品が届かない。工場が閉鎖される。輸送網が滞る。
その結果、新品の流通量は激減。店舗の在庫も一気に枯渇した。
この時期に「じゃあ中古でいいか」と需要が集中し、中古市場は急激に膨らんだ。
今なおその余波は残っており、プレミア化したモデルも少なくない。
3. 海外バイヤーの存在
実は、日本の中古ギター市場は海外から高く評価されている。
コンディションが良く、メンテナンスも丁寧。
そんな評判を受け、海外バイヤーが買い占めに近い動きを見せるようになった。
特に90年代の日本製ギターや、アメリカンビンテージの名残を持つモデルなどは、海外ではプレミアがつきやすい。
そのため、国内の市場からどんどん姿を消し、残った在庫が値上がりしていくのだ。
4. SNSでの「バズ」
今や、一本のギターがバズるだけで相場が変わる時代。
YouTubeで人気のギタリストが「この年式が一番鳴る」と発言すれば、そのモデルは数日で売り切れる。
Twitter(X)で話題になった機種が、翌日にはフリマアプリで数万円高騰している。
“音の良し悪し”が、スペックではなく「ストーリー」で動く。
これも、現代らしい現象と言えるだろう。
新品の方が“お得”に見える paradox
こうした背景があるからこそ、新品のギターが「安く見える」場面が増えてきた。
未使用、メーカー保証付き、傷ひとつない個体が、中古より安い──
一見すると“お得”に見えるこの状況は、ある意味で逆転の現象だ。
しかし、本当に“得”なのは、価格が安い方だろうか?
そこに触れずして、ギター選びを語ることはできない。
ギターは「数字」だけでは語れない
ギターという楽器は、実に“主観的”な存在だ。
たとえ同じモデルでも、弾いてみれば感触は全く異なる。
ネックを握ったときの丸み。人によって「ちょうどいい」は違う。
フレットの高さやすり合わせ具合。わずかな段差が、指先のストレスになることもある。
重量バランス。ストラップをかけた瞬間に、前に傾くのか、体にフィットするのか。
音の立ち上がり方、倍音の響き方。弾いた瞬間に「あ、これだ」と思う個体は確かに存在する。
これはもう、スペック表には出てこない世界だ。
写真やレビューではわからない、“自分の手”で確かめないと見えてこない領域がある。
そしてその違いは、1日2日ではわからないこともある。
1週間、1ヶ月、半年と弾き続けるうちに「このギターは信頼できる」と思えるようになる、そんな関係性が築けるギターもある。
感覚で選ぶ──ギター選びの原点を忘れずに
「なんかいい」
それは最も信じていい感覚だ。
スペックも価格も重要だが、それだけでは語りきれない“感覚の手応え”がある。
そのギターを持って弾いたとき、音より先に指先が反応するような、あの瞬間。
中古が高いとか、新品が得だとか──
そんな数字の話を超えたところに、自分だけの「正解」がある。
