SNSやYouTubeで「弾いてみた」や「カバー演奏」動画をアップする人が増えている昨今。
ギターや音楽を愛する者としては、誰かの曲を自分なりに表現したいという気持ちはとても共感できる。
しかし、その“善意”や“憧れ”の表現が、思わぬトラブルに発展するケースが後を絶たない。
とくに著作権に関する認識不足が原因で、アカウント停止や削除要請、最悪の場合は法的措置にまで発展することもある。
今回は、弾いてみた動画を投稿する上で知っておきたい「著作権者と著作者の違い」、さらにはあまり知られていない「著作者人格権」についても掘り下げて解説していく。
「バックトラックに原曲使用」は特に危険
まず強く警鐘を鳴らしたいのが、バックトラックに原曲そのものを使用しているケース。
「カラオケ音源を流して、その上に自分のギターを重ねて演奏した」というスタイルは、視聴者には馴染み深いかもしれない。
しかしこれは、原曲の著作物を無許可で使用している可能性が非常に高い。
演奏部分は自分のオリジナルだとしても、背景に流れているのが市販音源やYouTubeなどから抜き出した原曲であれば、それだけでアウトになってしまう。
また、こうした音源はYouTubeの自動検出システム(Content ID)などで簡単に検出される。最悪の場合、動画の収益化が無効になるどころか、動画自体が削除されたり、アカウントにペナルティが課される可能性もある。
できる限り、バックトラックも自作するか、ライセンスを明示したフリー音源を使うようにしよう。
手間はかかるが、後々のトラブル回避につながる“自分の身を守る行動”になる。
著作者と著作権者は同じじゃない
ここで、根本的な用語を整理しておこう。
著作者(ちょさくしゃ):作品を創作した人。作曲家・作詞家・編曲家などがこれに当たる。
著作権者(ちょさくけんしゃ):著作権を持っている人。著作者がそのまま権利者である場合もあれば、レーベルや事務所などの法人が権利を保有している場合もある。
たとえば、あるアーティストが自分で作った曲でも、その楽曲を所属レーベルに売却したり、管理を委託することで、著作権者はその法人になる。
これは業界ではよくあることで、商業的なマネジメントや配信、使用許可の管理などを効率化するためだ。
スティングが権利を売却した話
分かりやすい例として、2022年にスティングが自身の作品の著作権をレーベルに売却した事例がある。
これは一時的に大きな収益を得るという意味での“キャッシュ化”であり、同時に、管理やライセンス業務を手放すという選択でもあった。
スティングは一見スマートなイケオジだが、70歳を過ぎた高齢者でもある。
彼が亡くなった後は遺族が権利を引き継ぐ事になるわけだが、ライセンスの管理業務もそこに引き継がれることになる。
確かに継続的な印税が発生するのは遺族にとっても魅力的だが、管理業務は負担になるだろう。
であれば、将来的な印税と売却益をトレードしてしまうのも悪い話ではない。
ビッグアーティスト流の終活の一つとして今後はそういった選択も増えてきそうだ。
著作者人格権とは?知らないと危ない権利
著作者はたとえ著作権を譲渡しても、手放せない“もう一つの権利”を持っている。
それが「著作者人格権(ちょさくしゃじんかくけん)」だ。
この権利は著作者個人にしか認められず、他人に譲渡したり、相続したりすることができない。内容は次の3つに分けられる。
公表権:作品を公開するかどうか、またそのタイミングを決める権利
氏名表示権:作品に自分の名前を表示するか、匿名・ペンネームにするかを決める権利
同一性保持権:作品を無断で改変されない権利
この「同一性保持権」が特に問題となるのが、動画投稿における大胆なアレンジや、曲の構成・メロディを改変したカバー演奏。
「自分なりに解釈してオシャレに変えたつもり」が、著作者にとっては「原型をとどめていない」「自分の作品が傷つけられた」と感じられてしまうこともある。
つまり、いくら著作権者が「使用していいよ」と許可していても、著作者の人格権を侵害してしまえば、それは立派な権利侵害として扱われることになる。
著作権と著作者人格権の違いを表で整理
種類 | 権利者 | 譲渡 | 内容 | 備考 |
---|---|---|---|---|
著作権 | 著作権者(法人含む) | 可能 | 複製、頒布、公衆送信、上映、翻訳などの経済的権利 | 金銭的価値あり |
著作者人格権 | 著作者個人のみ | 不可 | 公表・氏名表示・同一性保持など、作品の人格的側面を守る | 一身専属で法律により守られる |
このように、両者は根本的に異なる性質を持っており、「許可を取ったから大丈夫」と思っていても、それが十分でない場合があるのだ。
弾いてみた文化は著作権者の“善意”の上に成り立っている
昨今、JASRACやNexToneなどを通じて、一定のルールに従えばカバー投稿が認められるようになった。
YouTubeにも「JASRACと包括契約を結んでいるため、許可不要」とされるケースがあるが、これもすべての状況に当てはまるわけではない。
・編曲の範囲が大きい
・商用利用している(広告をつけて収益を得ている)
・海外の曲で管理外の著作物が含まれている
このような条件が絡むと、一気にリスクが高くなる。
最終的には著作権者の裁量に委ねられている部分が多く、「暗黙の了解」で成り立っている部分も少なくないのが実情だ。
だからこそ、投稿者側が最低限の法律知識を身につけ、著作物に対する敬意とリスペクトを持った行動をとることが大切だ。
知識を持って、自分の演奏活動を守ろう
ギターでの「弾いてみた」や「カバー演奏」は、演奏力や表現力を育てる良い手段だし、視聴者とつながるきっかけにもなる。
しかし、著作物を扱うということは、その背後にいるクリエイターの権利や感情と向き合うことでもある。
特に著作権と著作者人格権の区別を理解していないと、思わぬ落とし穴に足を取られることがある。
自作のバックトラックを使う、権利の所在を明確にする、リスペクトを忘れない。
音楽は自由な表現であると同時に、法律とモラルのバランスの上に成り立っていることを忘れてはならない。