ギター初心者向け

なぜ人はギターを集めるのか──“弾かれない一本”が業界を支えている

ギターが好きでたまらない。いつのまにか本数が増えて、ふと我に返る。
「これ、全部本当に必要なのか?」

そんな問いを、自分自身にも、他人にも、向けたくなる瞬間がある。
だが、コレクターの存在には、“道具としてのギター”という枠を超えた、もうひとつの役割がある。

ギターをコレクションする意味

ギターを複数所有する人には、賛否がある。
「そんなにあっても弾けないだろう」という声もあれば、「一本一本に意味がある」という声もある。
だけど見落とされがちなのは、ギターを“集める”という行為そのものが、ギター業界を静かに支える柱になっているということ。

否定派:「ギターは使ってナンボ」という声

ギターは演奏してこそ意味がある。そう考える人は多い。否定派の意見としてよく聞かれるのは以下のような声だ。

  • 「どうせ弾かないなら、1本あれば十分」

  • 「放置されてるギターがかわいそう」

  • 「コレクションする意味がわからない」

確かに、ギターは本来音を鳴らすための道具だ。使われないまま壁にかけられているギターを見ると、どこかもったいなさを感じるのも理解できる。

肯定派:「ギターは工芸品であり、美術品でもある」

一方、複数のギターを所有する人たちは、それらを“音を鳴らす道具以上のもの”として見ている。

例えば、美しい杢(もく)が浮かぶメイプルトップのボディ。経年で割れや焼けが入ったラッカー塗装。ネック裏の手触りや、塗装の厚みさえも、それぞれのギターにしかない個性として愛される。

彼らにとってギターは、ただの楽器ではない。工芸品であり、芸術作品であり、感性と職人技が交差する一点物なのだ。

スタジオに飾られた1950年代のテレキャスターは、もはや“鳴らす”ためではなく、“見つめるため”の存在になっていることもある。それは、美術館の絵画に似ている。使わなくても価値がある。所有することで心を満たす、そんな存在なのだ。

コレクターは業界の支え手である

ここからが本題だ。
ギターを“使わずに所有する”という行為には、もう一つ大切な側面がある。コレクターの存在が、ギター業界そのものを支えているという事実だ。

少し視点を変えて、ライブイベントの料金構造に例えてみよう。

【具体例】S席を買ってくれる人がいるから、あなたは安くライブを観られる

たとえば、キャパ1,000人のライブがあるとする。

  • A席(900席):1枚8,000円

  • S席(100席):1枚20,000円

それぞれの売上はこうだ。

  • A席:8,000円 × 900人 = 720万円

  • S席:20,000円 × 100人 = 200万円

  • 合計:920万円

この合計金額を全員が同じ価格で支払うとしたら──

  • 920万円 ÷ 1,000人 = 1人あたり9,200円

つまり、S席の人は一人あたり12,000円多く払っている
その12,000円で、自分以外の誰か10人の1,200円分を奢ってくれている状態だ。

もっと言えば、S席の人は“10人にランチをおごってあげている”ようなもの
そのおかげで、A席のあなたは8,000円でライブを楽しめている。

この構造、ギター業界にもまったく同じように存在している。

Fenderのカスタムショップと、ギター経済のリアル

Fenderのラインナップを例にしよう。

  • レギュラーラインのストラトキャスターは高くても30万円前後

  • 一方で、カスタムショップ製、特にマスタービルダーによるモデルは100万円以上

見た目は似ていても、価格には大きな差がある。もちろん精度や仕様の違いはあるが、機能面だけ見れば“そこまでの差”があるわけではない。

それでも売れている。なぜか?
買ってくれる人がいるからだ。そして、その売上がFenderの研究開発やブランド維持に使われている。

もしカスタムショップがなければ、スタンダードラインの価格が上がるか、品質が下がるか、あるいはどちらも起こっていただろう。

そして、中古市場へと流れる恩恵

さらに重要なのは、高額ギターを買い集めてくれるコレクターたちは、いずれそのコレクションを中古市場に放出してくれるという点だ。

その結果、かつては100万円超だったギターが、中古で半額程度で手に入ることもある。
つまり、新品で買えなかったギタリストにも、その恩恵が時間差で届いていく構造があるのだ。

最後に

ギターは弾くための道具――その考えに異論はない。
けれど、それだけがギターの価値ではない。「ただそこにあるだけで意味を持つもの」も、この世には存在する。

高額なモデルを迷わず買い支えるコレクターたちは、自分の欲を満たしているようで、実は誰かがギターを始めるための“土台”を静かに築いている

もしかすると、あなたが手に取ったその一本も、誰かの「使わずに所有した選択」の延長線上にあるのかもしれない。

だから今、「なんでそんなにギターを集めるの?」と笑うその前に、ほんの少しだけ想像してみてほしい。
その“必要なかったはずの一本”が、あなたのギターライフを支えていた可能性を。

ABOUT ME
吉田寛定
新潟在住のギターインストラクター、MBTIはINTP(論理学者) 時々インスタに演奏動画を上げたりしている。 だいたいどんな話を振られてもある程度語れる位常に知識をむさぼって生きています。